2020年7月26日日曜日

7/26こども説教「もし、神の御心ならば」使徒18:18-23


 7/26 こども説教 使徒行伝18:18-23
 『もし、神の御心ならば』

18:18 さてパウロは、なお幾日ものあいだ滞在した後、兄弟たちに別れを告げて、シリヤへ向け出帆した。プリスキラとアクラも同行した。パウロは、かねてから、ある誓願を立てていたので、ケンクレヤで頭をそった。19 一行がエペソに着くと、パウロはふたりをそこに残しておき、自分だけ会堂にはいって、ユダヤ人たちと論じた。20 人々は、パウロにもっと長いあいだ滞在するように願ったが、彼は聞きいれないで、21 「神のみこころなら、またあなたがたのところに帰ってこよう」と言って、別れを告げ、エペソから船出した。22 それから、カイザリヤで上陸してエルサレムに上り、教会にあいさつしてから、アンテオケに下って行った。23 そこにしばらくいてから、彼はまた出かけ、ガラテヤおよびフルギヤの地方を歴訪して、すべての弟子たちを力づけた。 
  (使徒行伝18:18-23

 主イエスの弟子たちの福音伝道の旅はつづきます。
20-21節、「人々は、パウロにもっと長いあいだ滞在するように願ったが、彼は聞きいれないで、『神のみこころなら、またあなたがたのところに帰ってこよう』と言って、別れを告げ、エペソから船出した」。まだまだ何日もここに残って、神さまの話を聴かせてもらいたいと人々は願いました。主イエスの弟子は、それを断って、先へ先へと進んでいきます。先へ先へと進んでゆく理由も、あるいは一つの場所に長く留まりつづける理由もはっきりしています。「もし神の御心なら、またここに帰って来よう。そうではないなら、帰って来たくてもできない。帰ってきてはいけない」。神さまの御心にだけ聞き従う私たちです。その人たちや自分自身がそうしたいかどうかではなく、ただただ神さまの御心にこそ聴き従って生きてゆこうとする。だから、その人たちはクリスチャンです。十字架にかかる直前、救い主イエスが祈っていました。「どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、(父なる神さまの)御心のままになさってください」(マルコ福音書14:36。この手本に従って、私たちも一日ずつを生きていきます。神を信じているからであり、そこにこそ、この私たちと大切な家族のための安心と幸いがあるからです。