2019年9月22日日曜日

聖書研究『モーセの顔覆いとは何か?』


 聖書研究『モーセの顔覆いとは何か?』
                         2019,8,14  金田聖治


 1.発端 「新しい神々を造ろう」  ………………………………………………1
 2.モーセ崇拝はいつから始まったか?  …………………………………………3
3.私たちには自己神格化や自己崇拝に向かうはなはだしい傾向がある。………4
4.モーセの顔覆い         ………………………………………………5
5.「世の光である私たち」と「世の光である主イエス」、
 そして「ひととき燃えて輝くあかり」と。      ………………………………7
 6.私たちを神から離反させるもの。      ………………………………9-12

出エジプト記34章28-35とコリント人への第二の手紙3章6-18節。
その明らかな発端は出エジプト記32章の「金の子牛事件」でしたが、32章と34章には深い関連があると考え、この7~8年ほど思い巡らせつづけている難解箇所の金田の課題です。十戒を二度目に授けられてシナイ山から下りてきてから、モーセの顔はピカピカとあまりにまぶしく光輝き、人々は恐れて彼の顔を直視できなかった。それで顔覆い。「いいんだよ、いいんだよ。恋をしたときと似ているし。素敵な神さまと会って素敵なお話をして、そしたら顔がキラキラ輝くんだよ。クリスチャンなら経験あるでしょ、分かるでしょ君も。ね」などととても肯定的に楽観的に支持する人たちもいる。他方で、聖書自身が聖書に対して、「それは違うんじゃないか?」と異議申し立てをします。むしろ不信仰であり、彼らの心が鈍くなっていたせいではないかと。とびっきりのチョー難解・大問題個所。生身の人間にすぎない指導者モーセの神格化とモーセ崇拝についてです。しかもこの重大問題は、私たちの只中で、今日に至るまでつづいています。

1.発端 「新しい神々を造ろう」
まず、出エジプト記321-9。十の戒めの板は二度授けられました。その最初のとき、モーセがシナイ山に登って4040夜、帰ってきません。今日来るか明日帰ってくるか、あの彼がどうなってしまった分からない。もう帰ってこないかも知れない。さて、シナイ山に登る直前にモーセはあらかじめ長老たちに自分が不在時における緊急対応法を指図しておきました。出エジプト記24:14、「彼(=モーセ)は長老たちに言った、『わたしたちがあなたがたの所に帰って来るまで、ここで待っていなさい。見よ、アロンとホルとが、あなたがたと共にいるから、事ある者は、だれでも彼らの所へ行きなさい』」。さて、出エジプト記321-9です。「民はモーセが山を下ることのおそいのを見て、アロンのもとに集まって彼に言った、『さあ、わたしたちに先立って行く神を、わたしたちのために造ってください。わたしたちをエジプトの国から導きのぼった人、あのモーセはどうなったのかわからないからです』。アロンは彼らに言った、『あなたがたの妻、むすこ、娘らの金の耳輪をはずしてわたしに持ってきなさい』。そこで民は皆その金の耳輪をはずしてアロンのもとに持ってきた。アロンがこれを彼らの手から受け取り、工具で型を造り、鋳て子牛としたので、彼らは言った、『イスラエルよ、これはあなたをエジプトの国から導きのぼったあなたの神である』。アロンはこれを見て、その前に祭壇を築いた。そしてアロンは布告して言った、『あすは主の祭である』。そこで人々はあくる朝早く起きて燔祭をささげ、酬恩祭を供えた。民は座して食い飲みし、立って戯れた。主はモーセに言われた、『急いで下りなさい。あなたがエジプトの国から導きのぼったあなたの民は悪いことをした。彼らは早くもわたしが命じた道を離れ、自分のために鋳物の子牛を造り、これを拝み、これに犠牲をささげて、『イスラエルよ、これはあなたをエジプトの国から導きのぼったあなたの神である』と言っている」。主はまたモーセに言われた、『わたしはこの民を見た。これはかたくなな民である』』。
神の民がしでかした悪いことについて、一人の注解者はこう説明する、「イスラエルの民はエジプトで労役に服していた時に、この子牛の像に親しんできたに違いない。しかしこの場合は、彼らが一足飛びにバアル崇拝に走ったわけではなく、これは目に見えないヤーウエの台座としての意味を持っていただろう。(のちに王国が南北二つに分裂した際に)ヤロブアムは多分、シナイ山ろくで起こったこの事件を思い起こしながら、同時に、当時カナンにおいて一般的であったバアル神の台座としての雄牛をヤーウエの台座として導入し、『もう、エルサレムに上る必要はない。イスラエルよ。ここに、あなたをエジプトから連れ上ったあなたの神々がおられる』(列王上12:28 新改訳)と言ったのである。それでイスラエルの人々は、ヤーウエへの信仰を持ちながら、大した抵抗もなく、金の子牛を礼拝しにダンまで行ったのである」(「新聖書注解」該当箇所、いのちのことば社)。いったいどうしてあの彼らが、素敵で豪華な足台や台座だけで満足できるでしょう。だって、目に見えない神を見えないままに信じることに、彼らはまったく失敗してしまったのです。その彼らが「目に見える台座、見える足台」だけ造って、その上に乗っかっているはずの目に見えない神を、見えないままに信じることができるはずがない。ただ、「一足飛びにバアル崇拝に走った」と認めるのが、その注解者は嫌だった。別の研究者はこう言います、「(目に見えない神を見えないままに信じつづけることは困難で、そのため)神を自分たちの理解できる範囲の存在として改めて定義し直した。イスラエルは神の存在を超えようとした」。神理解の自己流の好都合なアレンジではないかと。いずれにしても、それははなはだしい不信仰であり、共同体に大きな災いをもたらすはずの罠となりました。レビ人らを用いて大規模で厳しい粛清がなされねばならなかったほどに。「あなたがたには私以外に神があってはならない」と戒められ、「同じ母に生れたあなたの兄弟、またはあなたのむすこ、娘、またはあなたのふところの妻、またはあなたと身命を共にする友が、ひそかに誘って『われわれは行って他の神々に仕えよう』と言うかも知れない。これはあなたも先祖たちも知らなかった神々、すなわち地のこのはてから、地のかのはてまで、あるいは近く、あるいは遠く、あなたの周囲にある民の神々である。しかし、あなたはその人に従ってはならない。その人の言うことを聞いてはならない。その人をあわれんではならない。その人を惜しんではならない。その人をかばってはならない。必ず彼を殺さなければならない」(申命記13:6-11と容赦ない徹底した警戒が荒野時代に命じられている必然があります。受け止めましょう。実際には、金の子牛を拝むそのずっと前に、「生身の人間の指導者に過ぎないモーセ」を拝んでいたし、モーセ大先生を崇拝していた。神に聴く代わりにモーセに聴いたし、神に従う代わりにモーセに信頼して従っていた。エジプトで素敵な子牛像を見る前に、毎日毎日、素敵な子牛像よりもっと素敵な、とても都合の良い神の代用品を眺めつづけていたです。だからこそ、モーセが4040夜の長期出張から帰ってこなかったとき、彼らは「新しい指導者を選ぼう」ではなく、直ちに、「新しい神々を造ろう」と一致団結して決議した。人々がアロンに、「さあ、わたしたちに先立って行く神を、わたしたちのために造ってください。わたしたちをエジプトの国から導きのぼった人、あのモーセはどうなったのかわからないからです」。アロンが造った子牛像を見て、彼らは言った、「イスラエルよ、これはあなたをエジプトの国から導きのぼったあなたの神である」。だからこそ、主ご自身がモーセにはっきりと仰った、「急いで下りなさい。あなたがエジプトの国から導きのぼったあなたの民は悪いことをした。彼らは早くもわたしが命じた道を離れ、自分のために鋳物の子牛を造り、これを拝み、これに犠牲をささげて、『イスラエルよ、これはあなたをエジプトの国から導きのぼったあなたの神である』と言っている」。彼らは、自分のために鋳物の子牛を造り、これを拝み、これに犠牲をささげて、『イスラエルよ、これはあなたをエジプトの国から導きのぼったあなたの神である』と言っている」と。

2.モーセ崇拝は いつから始まったか?
預言者サムエルに向かって、主ご自身が断言します。「彼らが捨てるのはあなたではなく、わたしを捨てて、彼らの上にわたしが王としてあることを認めないのである。彼らは、わたしがエジプトから連れ上った日から、今日まで、わたしを捨ててほかの神々に仕え、さまざまの事をわたしにしたように、あなたにもしているのである」(サムエル記上8:7-8。「エジプトから連れ上った日から、今日まで」と。モ-セ在任中から。燃えても燃え尽きない柴の木の前で職務につけられてから、カナン到着の直前まで、その在任期間中に彼は一度も長期休暇を取らなかったし、長く職務から離れることもなかった。つまり、神の民イスラエルが神を捨ててほかの神々に仕えることに、モーセは当事者として深く関与しつづけています。それどころか、自分自身が神の代用品となって、人々に崇拝させ、拝まれるままに自分自身を拝ませつづけていました。就任直前、どこの馬の骨かとモーセは侮られ、軽んじられるだろうと仲間たちを恐れつづけていました(出エジプト記3:11-4:17参照)。エジプト王パロとのエジプトからの脱出を求める10回の外交交渉、葦の海わたり、マナ支給と岩からの水の出来事、アマレクとの戦いの大勝利などをへて、「どこの馬の骨か」扱いからモーセ評価は急速に高まり、いつの間にか、度を越して、彼らはモーセに信頼を寄せすぎてしまいます。
葦の海をわたった直後に、その決定的な痕跡が記されています。出エジプト記14章の末尾、30-31節。「このように、主はこの日イスラエルをエジプトびとの手から救われた。イスラエルはエジプトびとが海べに死んでいるのを見た。イスラエルはまた、主がエジプトびとに行われた大いなるみわざを見た。それで民は主を恐れ、主とそのしもべモーセとを信じた」。主とそのしもべモーセとを信じた。そこには、不穏な響きが残ります。「主を信じる」ことと、「そのしもべモーセを信じる」こととは彼らの胸の中では、何対何ほどの割合で両立しつづけるのでしょうか? 2つは1つでしょうか? いつもいつも、主を信じることとモーセを信じることが不都合なく過不足なく、必ず決まって両立するわけではありません。そのとき、先祖と私たちとはどうするでしょう? 教会の子供たちには、こう教えています。「あなたは神からの救いとともに、ほかからの救いも望みますか?」「いいえ。神にだけ救いを願い、神にだけ仕えます」。神にだけ向かうはずの信頼と讃美がほかの被造物に逸れてしまっては困ります。その分だけ、神への信頼と感謝と讃美が不当に搾取され、損なわれてしまうからです。例えば士師ギデオンと仲間たちがミディアン人を打ち負かしたとき(本当は、それは彼らを用いて主ご自身が戦われ、主ご自身が戦いに勝利されたのでしたが)、ギデオンは「私はあなたがたを治めることはいたしません。私の子もあなたがたを治めてはなりません。主があなたがたを治められます」と答えたくせに、それとは裏腹に、「あなたがたに1つの願いがあります。あなたがたの分捕った耳輪をめいめい私にください」と要求して、金の耳輪1700金シケルそのほかで1つのエポデを作り、自分の町オフラに展示した。「エポデ」は祭司が職務に当たって着る、祭司だけに許可された職務服であり、神の御心を尋ねるための道具だった。こう付け加えられている、「イスラエルは皆それを慕って姦淫をおこなった。それはギデオンとその家にとって、罠となった」(士師記8:27。「姦淫」は、神の御前での結婚契約に背く、異性との不正な性的交渉ですが、とくに旧約聖書では『他の神々を崇める偶像崇拝』の比喩的表現として多用されつづけました。ここでも同様です。また例えば、ヒゼキア王の時代にアッスリアの王センナケリブの軍隊を南王国ユダの軍勢が打ち破ったとき、「このように主は、ヒゼキヤとエルサレムの住民をアッスリヤの王セナケリブの手およびすべての敵の手から救い出し、いたる所で彼らを守られた。そこで多くの人々はささげ物をエルサレムに携えてきて主にささげ、また宝物をユダの王ヒゼキヤに贈った。この後ヒゼキヤは万国の民に尊ばれた。そのころ、ヒゼキヤは病んで死ぬばかりであったが、主に祈ったので、主はこれに答えて、しるしを賜わった。しかしヒゼキヤはその受けた恵みに報いることをせず、その心が高ぶったので、怒りが彼とユダおよびエルサレムに臨もうとした」(歴代志下32:22-25。先祖と私たちのために、何が罠として残されているか分かりますか。ヒゼキアさえも心が高ぶって、主から受けた恵みをうっかり忘れてしまいました。危ないところでした。そのいつもの発端は、主ご自身への感謝や信頼と共に、人々が目の前の生身の人間に過ぎない指導者に感謝や信頼を共にささげるところから始まります。

3.私たちには自己神格化や自己崇拝に向かうはなはだしい傾向がある。
こうしたことを調べ始めていたころ、ヴァルター・リュティ講解説教集『アダム』(新教出版社)所収の「虹の契約」直後のノアの醜態について、説教者リュティは「ノアの醜態がはっきりと記録されていることが御心にかなっていた」と説き明かします――
「今日に至るまで、われわれ人間は自己神格化や自己崇拝に向かう傾向を顕著に示しています。けれども、かかる領域に関しては、神の言葉は特に用心深いのです。(人間に)後光がさすところには神の言葉が介入します。アブラハム、ヤコブの場合、ダビデ、ペテロの場合がそうです。そして、ノアの場合にもです。彼らすべての者から、時として無神的と思えるほどの厳しさをもって、威嚇的な後光が取り除かれます。「聖人」も恵みによって生きるのです。ただ恵みによってのみ生きるのです。人間の顔立ちをしている者のうち、罪の赦しなしに生きた者は誰一人として存在しません。……いつの時代においても、教会の中にあるわれわれの足下から自己義認の萌芽と残滓とを取り除くのに役立つことでしょう。そして同時に、われわれは、神によって提供されている赦しを受け取るべく招かれるのです」(前掲書 p269。自己神格化や自己崇拝に向かう傾向が私たちにははなはだしくあること。また、ぜひとも取り除くべき自己義認の萌芽と残滓と。
もう一つの示唆は、サムエル記上8章7-8節。主ご自身がサムエルに打ち明けます――

「彼らが捨てるのはあなたではなく、わたしを捨てて、彼らの上にわたしが王としてあることを認めないのである。彼らは、わたしがエジプトから連れ上った日から、今日まで、わたしを捨ててほかの神々に仕え、さまざまの事をわたしにしたように、あなたにもしているのである」


「わたしがエジプトから連れ上った日から、今日まで」。士師時代からでもなく、ヨシュア時代からでもなく、モーセ在任中から。そこから、金田の探索がはじまりました。それは具体的には、いつ、どんなふうにと。出エジプト記32章に辿り着きました。長い間、考えつづけてきましたが、出エジプト記32章と34章にはアロンとイスラエル同胞の不信仰と心の鈍さがとても危機的で重篤なまま連続してつづいているように金田には思えます。モーセが行方知れずになったと思った途端に、彼らの目には主なる神も消え失せたように思えた。「だから、新しい別の指導者を」なら信仰にも道理にかなっています。けれどそうではなく、一足飛びに、いきなり「新しい神々を造ろう」と。心を鈍くされた彼らの目にはモーセと神は一体化して、二重写しに見えていました。モーセの神格化であり、モーセ崇拝の明確な証言でもあります。
モーセの顔の輝きは1回目の十戒授与時には目撃されず、2回目のみ。また34章以外では、顔が光輝いたことも、顔覆いもまったく一回も記録に現れません。これと『救い主イエスの山上の変貌』とを対比して肯定的に受け取る人々もいますが、救い主イエスは神であり人であるかたですから太陽のように輝いてもよいでしょう。けれど、被造物にすぎない人間では大きな差し障りがあります。「もし仮に、そう見えたのだとしたら、しかもそれであまりに畏れ多くてすくみ上ったのだとしたら、彼らの心が鈍くなっていたためでしょう。主にこそ向き直って、共々に覆いを取り除いていただかねばなりません」(コリント手紙(2)3:14と戒めあわねばなりません。出エジプト記32章では、神の民とされたイスラエルとモーセの目から見た出来事がほぼそのまま報告されています。1つの観点です。やがてずいぶん後になってから、それとは違う別の角度から、もう1つの相反する報告がなされます。

4.モーセの顔覆い
出エジプト記34章28-35節、「モーセは(二度目に)主と共に、四十日四十夜、そこにいたが、パンも食べず、水も飲まなかった。そして彼は契約の言葉、十誡を板の上に書いた。モーセはそのあかしの板二枚を手にして、シナイ山から下ったが、その山を下ったとき、モーセは、さきに主と語ったゆえに、顔の皮が光を放っているのを知らなかった。アロンとイスラエルの人々とがみな、モーセを見ると、彼の顔の皮が光を放っていたので、彼らは恐れてこれに近づかなかった。モーセは彼らを呼んだ。アロンと会衆のかしらたちとがみな、モーセのもとに帰ってきたので、モーセは彼らと語った。その後、イスラエルの人々がみな近よったので、モーセは主がシナイ山で彼に語られたことを、ことごとく彼らにさとした。モーセは彼らと語り終えた時、顔おおいを顔に当てた。しかしモーセは主の前に行って主と語る時は、出るまで顔おおいを取り除いていた。そして出て来ると、その命じられた事をイスラエルの人々に告げた。イスラエルの人々はモーセの顔を見ると、モーセの顔の皮が光を放っていた。モーセは行って主と語るまで、また顔おおいを顔に当てた」。先ほどのリュティなら、「おい、どういうことだ? おいおい後光が射しているいるぞ、前からも後ろからも」と私たちに大慌てで警告するでしょう。パウロは、「そしてモーセが、消え去っていくものの最後をイスラエルの子らに見られまいとして、顔におおいをかけたようなことはしない。実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、その同じおおいが取り去られないままで残っている。それは、キリストにあってはじめて取り除かれるのである。今日に至るもなお、モーセの書が朗読されるたびに、おおいが彼らの心にかかっている。しかし主に向く時には、そのおおいは取り除かれる」(コリント手紙(2)3:13-16。「心が鈍くなっている彼ら」とは、第一にはアロンとイスラエル同胞です。「その鈍い心と目ではモーセの顔は光り輝いて見えたし、恐れを呼び起こした」とパウロは解釈しています。「今日に至るまで」「今日に至るもなお」と強調して、その同じ不信仰と心の鈍さが私たちにも悪影響を与えうると大きな危機感をもって厳しく警告されているように金田には思えます。主に向き直りさえすれば、顔の覆いも心の覆いも取り去られるし、それらの覆いは取り除かれるはずだと。
 「モーセの顔の消え去るべき栄光のゆえに」「モーセが、消え去ってゆくものの最後をイスラエルの子らに見られまいとして、顔に覆いをかけたようなことは(私たちは)しない」(コリント手紙(2)3:7、13。「消え去るべき栄光」についてはJ.カルヴァンの見解も含めて複数の推測がなされています。あるいは、モーセの顔の輝きは「神の栄光や権威の照り返し」のようなものかも知れません。仮にそうであるとしても、ほんのひと時、それが人間の存在や顔を輝かせるとしても、長く特定の個人の顔に留まるべきではありません。しかもそれは、相手に喜びや自由や感謝ではなく、むしろ逆に、目をそむけたくなる畏怖を呼び起こす、権威的で威圧的な輝きでした。J.カルヴァンもコリント後書注解の該当箇所で、「パウロは「(人々の恐れについて)イスラエルの子らは、おそれを抱かせる奴隷の霊を受けた」と言っている。ローマ8:15」「(イスラエルの子らの)その盲目ぶり」「今パウロは見る目の鈍さのことを言っている」と。

 5.「世の光である私たち」と「世の光である主イエス」、そして「ひととき燃えて輝くあかり」と。
 救い主イエスこそ「世とすべての人を照らすまことの光」(ヨハネ福音書1:9、同8:12、同9:5。その光を照り返して、私たちは「地の塩、世の光」とされている。あのお独りの方が光であることと、私たちもまた、あのお独りの方に率いられ、伴われて、まことの光を反射して「光とされ、塩とされている」こと。それらは、独り子イエスと御父との深く固い結びつきを根拠としています。御子の、御父への徹底した従順です。ルカ福音書612-13節。「このころ、イエスは祈るために山へ行き、夜を徹して神に祈られた。夜が明けると、弟子たちを呼び寄せ、その中から12人を選び出し、これに使徒という名をお与えになった」。このときばかりでなく、救い主イエスは折々に、何度も何度も寂しい場所に独りで退き、また独りで山に登り、天の父なる神に向かって祈り、御父と語り合いました(ルカ5:16,6:12,マタイ14:23,マルコ1:35ほか多数)。しかも「夜を徹して」というのは、ずいぶん念入りな、心を尽くし力を注ぎだした祈りの格闘だったからです。天の御父とよくよく語り合い、よくよく祈って、御心を教え知らされたその結果として、救い主イエスは12人の弟子を選び、また少し前の4章43節でも、「わたしはほかの町々にも神の国の福音を宣べ伝えねばならない。わたしはそのために遣わされたのである」と。この「~しなければならない」という断固たる口調は、『神ご自身の決断と意思』の言葉だと世々の教会は聞き取ってきました。「わたしはほかの町々にも神の国の福音を宣べ伝えねばならない。わたしはそのために遣わされたのである。だから、ほかの町々にも神の国の福音を宣べ伝えなければならないし、また、12人をこのように選び出さねばならない」と。神の国の福音を宣べ伝えることも、12人の働き人たちを選び出すことも、一つ一つ皆、天の御父があらかじめ決めて用意しておられた救いの計画です。ですから、それらの決断は天の父なる神とよくよく語り合った後になされます。主イエスの一つ一つの働きや決断の前に、必ず、こうした祈りの時間があったと報告されます。「救い主イエスはそのためにこの地上に遣わされた」。誰から。もちろん天の父なる神からです。自分を遣わした御父からの使命を果たすこと。それこそが、遣わされた者であることの根本的な意味です。だからこそ天の父なる神は、独り子である神、救い主イエスを名指しして、「これは私の愛する子、私の心にかなう者である。だから、これにこそ聴け」(ルカ3:22,9:35と私たちに命じます。二度も繰り返して、念を押してです。それゆえ救い主イエスもまた、「よくよくあなたがたに言っておく。子は父のなさることを見てする以外に、自分からは何事もすることができない。父のなさることであればすべて、子もそのとおりにするのである」「わたしが天から下ってきたのは、自分のこころのままを行うためではなく、わたしをつかわされたかたのみこころを行うためである」(ヨハネ福音書5:19-20,6:38,8:28-29と。また聖霊なる神は、救い主イエスがどんな方であるのか、何をなさり、何を教えたのかを分からせ、私たちに救い主イエスを信じさせます。そのようにして、父なる神、子なる神イエス・キリスト、聖霊なる神は一つ思いになって、一つの救いの御業を成し遂げます。
主イエスから遣わされて生きる、主イエスの弟子である私たち一人一人もまた、御父と主イエスから「しなさい」と命じられたことをなし、「してはならない」と戒められていることをしないでおきます。自分からは何一つもせず、自分の心のままをするのではなく、ただただ御父と主イエスの御心を行うことを願って一日ずつを暮らすことができます。だからこそ私たちそれぞれの粗末ないたらない光と塩加減を見たり、味わったりしてさえも、「人々が、天にいます私たちの父を崇める」(マタイ福音書5:16ようにもなる。それが、私たちがクリスチャンであり、主イエスから遣わされた者たちであることの意味と中身です。他方でヨハネ福音書5:35-44、「ヨハネは燃えて輝くあかりであった。あなたがたは、しばらくの間その光を喜び楽しもうとした。しかし、わたしには、ヨハネのあかしよりも、もっと力あるあかしがある。……あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。しかも、あなたがたは、命を得るためにわたしのもとにこようともしない。わたしは人からの誉を受けることはしない。しかし、あなたがたのうちには神を愛する愛がないことを知っている。わたしは父の名によってきたのに、あなたがたはわたしを受けいれない。もし、ほかの人が彼自身の名によって来るならば、その人を受けいれるのであろう。互に誉を受けながら、ただひとりの神からの誉を求めようとしないあなたがたは、どうして信じることができようか」。聖書中にある生命を得るために救い主イエスのもとへと来ようとしない。この「あなたがた」として、2つのグループが想定されています。1つには、律法学者らに指導されるユダヤ人たち。また、「指し示す指先である者たち」を喜び楽しもうとするばかりで、救い主イエスのもとに来ようとしない、救い主イエスに聴き従おうともしない先祖と私たちにも語りかけられています。救い主イエスのもとへ来て、聴き従って、生命をぜひ得るようにと。
「一つの教会・伝道所で長く務めた伝道者は辞職し、また引退した後でもなおそこに長く留まってはいけないと思います。互いに慎みをもって、その群れを離れて、余計な関わりを保ちつづけないように深く自制しつづける必要があると思います。どうぞ、お考え下さい」と、ある年配の教職がこの数年、同じような趣旨の要望を公けの場で何度か繰り返して発言しています。無任所であり、あるいは他の引退教師、その教会を辞した教師がなお引き続き、その教会の長老たちや教会員との間に深く強い信頼関係や牧会的なつながり、大きな影響力を保ち続ける。そのために新しく赴任した伝道者の働きが妨げられて、不本意なしかたで辞職してしまう。同じような事例が、私たちの周囲でも、遠くのあちこちでもいくつも起こっています。少なくとも数十年以上も前から頻回に繰り返して。他の教派集団でも同様です。そうした出来事が教会に痛手とはなはだしい災いをもたらしつづけます。
「世の光である私たち」と「世の光である主イエス」、そして「ひととき燃えて輝くあかり」と。同じ一つの本質から、これらは出発した。けれど道を逸れて、私たちを惑わせ、心を鈍くさせるようにも働く。働きつづける。とくに洗礼者ヨハネは、伝道者と一人一人の私たちクリスチャンの根源の生命と使命とをはっきりと表わした。「照り返す光」であり、「指し示す指先」であると。もし、洗礼者ヨハネという名前の一人の生身の人間に過ぎない伝道者に信頼して、その彼にだけ聞き従って生きることしかできないのならば、弟子たちは道に迷ってしまいます。あの彼も、ほかすべての伝道者も、『救い主イエスを指し示す指先』にすぎません。このことを、もちろん伝道者自身も含めて、すべてのクリスチャンはよくよく分かっていなければなりません。『救い主イエスを指し示す指先』と、『指し示されている救い主イエスご自身』と。その『指先』は救い主イエスを指し示し、イエスがどういうお方であるのか、何をしてくださるのかを告げ知らそうとしています。それなのに弟子たちが、もし、いつまでたっても『指先』ばかりに目を凝らしつづけて、指し示されている救い主イエスご自身をちっとも見ようとせず、いつまでたってもイエスに聞き従おうとしないならば、『指先』は神さまから委ねられた大切な役割と使命をちっとも果たしていないことになります。むなしく、むだに働いたことになり、むしろ大きな災いの種となってしまいます。だからこそ、「花嫁(=クリスチャン、キリストの教会)をもつ者は花婿(=救い主イエス)である。花婿の友人(=伝道者)は立って彼の声を聞き、その声を聞いて大いに喜ぶ。こうして、この喜びはわたしに満ち足りている。彼(=救い主イエス)は必ず栄え、わたしは衰える」(ヨハネ福音書3:29-30と洗礼者ヨハネは証言した。そのとおり。洗礼者ヨハネだけではなく、ほかすべての伝道者も、『救い主イエスを指し示す指先』にすぎません。もし、指し示す指先にすぎないはずの伝道者がリア王のような妄執にかられて自分自身の栄光と讃美と人からの信頼を求め続けてどこまでも栄えようとするなら、その分だけ、花婿である救い主キリストのための栄光と権威と、彼のための信頼と讃美が不当に損なわれ、虚しく衰えてゆくほかありません。恐ろしいことです。その一人の伝道者が委ねられた務めを精一杯に十分に果たしたかどうかは、どんなクリスチャンが育っていったかにかかっています。一つ一つの事柄についてどういう判断基準をもって選び取り、捨て去り、何を大事にして、どのように生きるクリスチャンが生み出されたのか。判断基準はただただ聖書であり、主イエスの福音です。神の御心にかなっているのか、そうではないのかという判断です。もし、「天に主人がおられる」とよくよく弁えて、「人間に聞き従うのではなく、神にだけ聞き従うべきだ」(コロサイ手紙4:1,使徒4:19,5:29と腹をくくって生きるクリスチャンが育っていくなら、その伝道者はとても良い働きをしたことになるでしょう。






























              
            

             グリューネバルト『祭壇画』(部分)



6.私たちを神から離反させるもの。
生身の人間であるすべての伝道者は、キリストの先に遣わされた使者です。主イエスの弟子であるすべての福音伝道者たちは、「主イエスの弟子である」という理由で尊ばれねばなりませんし、これまでも必要なだけ十分に尊ばれてきました。けれど、限度を超えて尊ばれすぎてはなりません。聖書は証言します、「アポロは、いったい、何者か。また、パウロは何者か。あなたがたを信仰に導いた人にすぎない。しかもそれぞれ、主から与えられた分に応じて仕えているのである。わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである」(コリント手紙(1)3:5-7と。何者か、いいや決して何者でもない。「植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである」と、わざわざ厳しく容赦なく釘を刺しました。そうしつづける必要があるからです。思い上がって、ついつい図に乗ってしまう私たちだからです。だからこそ、今回のこの集会の呼びかけのチラシは語りました、「使徒行伝は、エチオピアの宦官に洗礼を授けた使徒ピリポはその瞬間、もはやそこから埒し去られたと伝えています。そこには受洗者が父・子・聖霊に満たされ、ピリポがいる余地がなかったと。日本キリスト教会信仰告白は、教会のしるしは御言葉の説教と聖礼典の執行と信徒の訓練であると告白しております。このすべては、ただキリストをあらわしています。この『自己不在』の伝統は私たちに何を訴えているのでしょうか」と。この『自己不在の伝統』は御子イエスの御父への徹底した従順に由来し、十字架上の御子の自己奉献を指し示し、それゆえ私たちも自分自身の義や願いや欲求や志しなどではなく、「ただただ御心が成し遂げられますように」と神への従順にこそ生きることを願う生きざまを呼び起こしつづけます。神の恵みの教理、神中心の信仰の中身はこれです。そうした自己不在の良い伝統があるはずの私たちの教会で、キリスト教会自身も、それぞれの伝道者たちも、自己を主張し、宣伝し、やたらと言い張り、ただ虚しく固執しつづけているからです。だから、この無残で惨めなあまりのテイタラクです。私たちは花婿に付き添うことを仰せつかった介添え人だったはずなのに。「何者か、いいや決して何者でもない。取るに足りない。」「植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである」と、わざわざ厳しく容赦なく釘を刺されねばならない理由は、私たち自身のうちにあります。自己を尊びすぎ、人からの誉れを求めて傲慢になってしまう自己中心・人間中心の性分に。その自己神格化・自己崇拝の傾きこそが神を主人とすることを拒ませ、神から離れ去らせようとしつづます。
しかも、「目の前の生身の人間に過ぎない指導者に過度で不相応な感謝や信頼をささげてしまう過ち」は、「天使たちに過度で不相応な感謝や讃美や信頼をささげてしまう過ち」とよく似ています。J.カルヴァンが指摘します、「人間の理性は、天使たちに帰してはならない尊敬はないのだという考えにすぐに傾くからである。神とキリストのみにしか属さないはずのものが天使に移される。こうして、われわれは神の御言葉に反して、度をすごした讃美が天使らの上に積み上げられて、キリストの栄光が多くの方法によって幾時代も前から曇らされるのを見るのである。また、今日われわれが戦っているもろもろの悪徳のうち、これよりも古いものはほとんどない。パウロも、天使を非常に高めるだけ、それだけキリストを同じところまで引き下ろす人々と、激しく争ったらしく思われる(コロサイ手紙1:16,20参照)。これは、われわれがキリストを見捨てて、それ自身では存在するに耐えず、われわれと共通な泉の水を汲む者にすぎないものに赴いてはならないということである。たしかに、神の神々しい輝きが天使のうちに照り映えているのであるから、われわれにとっては、愚かになって、彼らをひれ伏し拝み、神にしか帰してはならないいっさいのものを天使に帰するに勝って安易なことはないのである」「天使たちが神のもとに、まっすぐにわれわれの手を引いて行って、われわれがこの唯一の援助者を仰ぎ見、彼を呼び、彼を崇めるようにしないならば――、また、天使たちが神の手にすぎず、神から指示を受けることなしには動くこともできないものであると、われわれが考えるのでないならば――、また、天使たちが、われわれを唯一の仲保者キリストに固くとどまらせ、われわれが全幅的に彼に依存し・彼に身をまかせ、彼にささげきり、彼に安らうようにさせるのでないならば――、そのとき、彼らはわれわれを神から離反させるのである。……というのは、神は、御自身の栄光を天使たちと分かりあうような意味で、彼らを御自身の力と恵みとの管理人としたもうのではないように、また、われわれの信頼をわれらと御自身との間で分かち合うような意味で、天使たちを御自身の助けの管理者として約束したもうこともないからである」(「キリスト教綱要」第1篇 第1410-11節)。そのとおりです。神にのみ帰されるべき信頼と讃美と誉れを、天使にも、また被造物にすぎない他どんなものにも分け与えてはなりません。なぜなら、その分だけ、神への信頼と感謝と讃美が不当に搾取され、はなはだしく損なわれてしまうからです。

もちろん私たちは、目の前のその伝道者の言葉に聞きます。その教えを受け、その説き明かしに精一杯に耳を傾けます。ほんのしばらくの間だけは、その伝道者の声を喜び楽しんでもよいでしょう。けれど、ずっといつまでもそれでは大変に困ります。やがて、救い主イエスの御声にこそ精一杯に耳を傾け、イエスにこそすべての信頼を寄せ、救い主イエスの福音を喜び、それにこそよくよく聞き従う者へと成長してゆくのでなければ、とても困るからです。もちろんその伝道者に聞き従うためでなく、その彼に信頼するためでなく、ただただ神にこそ聴き従う自分となるためにです。救い主イエスのもとへと来て、イエスから生命を贈り与えられるのでなければ、死んでしまうはずの者たちであるからです。救い主イエスはこう語りかけます、「よくよくあなたがたに言っておく。死んだ人たちが、神の子の声を聞く時が来る。今すでにきている。そして聞く人は生きるであろう」(ヨハネ福音書5:25。私たちの救いについて、救い主イエスご自身が、「よくよくあなたがたに言っておく」としばしば語りかけます。よくよくあなたがたに言っておく。なぜなら、私たちが喜びにあふれて毎日毎日の暮らしを幸いに生きることを、主が心から願ってくださっているからです。主イエスが語った福音を信じることがとても大切であり、だからこそその言葉を心に堅くしっかりと刻み込んでいるべきだからです。死んだ人たちが、神の独り子である救い主イエスの声を聴くときが来る。今すでに来ているし、今がそのときである。そして、主イエスの言葉を聴く者は生きる。ところで、「死んだ人間」とはどういう意味でしょう? 何か霊的な、比喩のような精神的な意味で、主イエスはそうお語りになるのでしょうか。心の中でだけ、その人の新しい生きざまがほんの少しくらいは起こることもあるが、もちろん実際に死んだ人間が生き返ることなど決してあり得ないと。いいえ、決してそうではありません。もし死人の復活がないなら、キリストもよみがえらなかったはずです。キリストがよみがえらなかったとするなら、わたしたちの宣教はむなしく、わたしたちの信仰もむなしいものです。そうだとすると、キリストを信じて眠った者たちは滅んでしまったことになります。もし私たちが、この世の生活の中でだけ、頭のほんの片隅でだけキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在だということなります(コリント手紙(1)15:13-19参照)
たしかにそうであるとして、「死んだ人間が生き返る」とは現実の体のことでもあり、同時に、霊的な魂の事柄でもあります。その両方です。まるで死んだように生きていた日々が、この私たちにもあったからです。聖書は証言します、「さてあなたがたは、先には自分の罪過と罪とによって死んでいた者であって、かつてはそれらの中で、……この世のならわしに従って、歩いていたのである。また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子だった」(エペソ手紙4:1-3。罪と悲惨の只中に死んでいた私たちです。そのように、私たちの本性がはなはだしく堕落して、神の正しさを慕い求める気力も願いもすっかり失われていたとするならば、神からの生命は私たちの中でまったく消え失せていたことになります。だからこそ、救い主イエス・キリストの恵みは「死んでいた人が本当によみがえる出来事」なのです。私たちの教会の信仰告白がはっきりと言い表すように、「神の恩恵によるのでなければ、罪に死んでいた人は神の国に入ることなど決してできません」(「日本キリスト教会 信仰の告白」参照)。この恵みが、救い主イエスの福音によって、私たちの中にはっきりと確かに植え付けられています。また、植え付けられつづけます。救い主イエスが、その御霊の力によって私たちの心の奥深くにまで語りかけるからです。差し出されているキリストの生命を、私たちは主イエスを信じる信仰によって受け取るからです。
その伝道者が語り教えた言葉や知識が、神から出たものであるのかどうか。どの伝道者に対しても、その口から出る一つ一つの約束事やルールが神の御心にかなうものであるのかどうかを熟慮し、なんとかして聞き分けなければなりません。もし、御心にかなう教えや説き明かしならば、それを聞き入れたらよい。けれど、もし、そうではないのなら、それらの教えや説き明かしは、またその約束事やしきたりやルールは拒んで、きっぱりと断固として退けねばなりません。なぜならば、救い主イエスのところに行こうとして、救い主イエスから生命を受け取ろうとして、救い主イエスを必要なだけ十分に信じる自分になろうとして、そのようにして、目の前に立っている一人の伝道者の言葉に私たちは耳を傾けつづけるからです。すると伝道者たちの言葉も、聖書の説き明かしも、やがて少しずつ、ずいぶん違ったものに変貌してゆくでしょう。顔と魂の覆いと鈍さが一枚また一枚と剥ぎ取られて、いよいよ主イエスへと一途に向かう私たちとされてゆくでしょう。
           (「教理教育研究会」日本キリスト教会神学校にて)