5/9 こども説教 使徒行伝26:12-18
『私自身の回心』
26:13 王よ、その途中、真昼に、光が天からさして来るのを見ました。それは、太陽よりも、もっと光り輝いて、わたしと同行者たちとをめぐり照しました。14 わたしたちはみな地に倒れましたが、その時ヘブル語でわたしにこう呼びかける声を聞きました、『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。とげのあるむちをければ、傷を負うだけである(注)』。15 そこで、わたしが『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、主は言われた、『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。16 さあ、起きあがって、自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしに会った事と、あなたに現れて示そうとしている事とをあかしし、これを伝える務に、あなたを任じるためである。17 わたしは、この国民と異邦人との中から、あなたを救い出し、あらためてあなたを彼らにつかわすが、18 それは、彼らの目を開き、彼らをやみから光へ、悪魔の支配から神のみもとへ帰らせ、また、彼らが罪のゆるしを得、わたしを信じる信仰によって、聖別された人々に加わるためである』。
(使徒行伝26:12-18)
主イエスの弟子パウロは、「自分は正しいことをしている」と思い込みながら、クリスチャンたちをいじめたり、困らせたり、牢獄に閉じ込めたりしていました。14節、15節で、「なぜ私を迫害するのか」「私は、あなたが迫害しているイエスだ」と語りかけられました。自分はただ主イエスを信じるクリスチャンたちを苦しめ、困らせているだけだと思っていました。けれど、「それは主イエス自身を苦しめ、困らせているのと同じだ。なぜ分からないのか」と叱られてまいました。驚きました。そんなこと、思ったこともなかったので。つまり、自分は神に逆らう悪い人間だと気づかされたことが、神を信じて新しく生きはじめるための大切な出発点でした。16-18節、「さあ、起きあがって、自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしに会った事と、あなたに現れて示そうとしている事とをあかしし、これを伝える務に、あなたを任じるためである。わたしは、この国民と異邦人との中から、あなたを救い出し、あらためてあなたを彼らにつかわすが、それは、彼らの目を開き、彼らをやみから光へ、悪魔の支配から神のみもとへ帰らせ、また、彼らが罪のゆるしを得、わたしを信じる信仰によって、聖別された人々に加わるためである」。パウロも私たちも、自分が神さまによってそうされたように、同じく、他の人たちにも神を信じて生きることができるように手助けをする役目が与えられています。18節に、「聖別された人々」と書いてありました。それは、『自分が自分のものではなく、神のものとされて生きるものたち』(1コリント手紙1:30,同6:11,エペソ手紙5:26,ローマ手紙12:1-2)という意味です。
(注)14節、「とげのあるムチを蹴れば、(蹴った自分自身が)傷を負う」;蹴られるクリスチャン各自が身に帯びているトゲは、神の慈しみと強固な保護です。クリスチャンを迫害することは、救い主イエスご自身への迫害、神へのはなはだしい敵対行動となる。もし、迫害を加え、そのクリスチャンたちを滅ぼそうとするなら、神ご自身がその敵対者をきびしく懲らしめることになる(ローマ手紙8:31-35,同13:19,1コリント手紙3;16-17,詩27:1-5)。しかも! この慈しみと保護の約束は信徒のみに限定されず、すべての貧しく小さなものたちにまで及ぶと明言される(マタイ25:31-46,創世記9:10-17「すべての生き物。すべて肉なるもの」,同12:1-3「地のすべてのやから」)。