12/30 こども説教 使徒3:17-26
『自分の罪をぬぐい去っていただける』
3:17 さて、兄弟たちよ、あなたが たは知らずにあのような事をしたのであり、あなたがたの指導者たちとても同様であったことは、わたしにわかっている。18 神はあらゆる預言者の口をとおして、キリストの受難を予告しておられたが、それをこのように成就なさったのである。19 だから、自分の罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて本心に立ちかえりなさい。20 それは、主のみ前から慰めの時がきて、あなたがたのためにあらかじめ定めてあったキリストなるイエスを、神がつかわして下さるためである。21 このイエスは、神が聖なる預言者たちの口をとおして、昔から預言しておられた万物更新の時まで、天にとどめておかれねばならなかった。22 モーセは言った、『主なる神は、わたしをお立てになったように、あなたがたの兄弟の中から、ひとりの預言者をお立てになるであろう。その預言者があなたがたに語ることには、ことごとく聞きしたがいなさい。23 彼に聞きしたがわない者は、みな民の中から滅ぼし去られるであろう』。・・・・・・26 神がまずあなたがたのために、その僕を立てて、おつかわしになったのは、あなたがたひとりびとりを、悪から立ちかえらせて、祝福にあずからせるためなのである」。
(使徒行伝3:17-26)
悪い者たちの手にかかって、神であられる救い主イエスが罪がほんの一つもないままに殺され、その後、死人の中からよみがえらされました。それは、とても悪い者たちをさえ罪の奴隷状態から救い出し、祝福に預からせるためです。このように、とても悪い私たちのためにも神さまの方で救いがすっかり準備されました。あとは、私たちの側では、それをただ受け取るだけです。受け取るためには、救い主イエスを信じて、このお独りの方の言葉に聴き従うだけでよいと約束されています。19-20節、「だから、自分の罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて本心に立ちかえりなさい。それは、主のみ前から慰めの時がきて、あなたがたのためにあらかじめ定めてあったキリストなるイエスを、神がつかわして下さるためである」。救い主イエスを信じるとは、このかたに聴き従うことです。その中のいくつか、気に入ったところを2つ3つ聴き従うというのではなく、22節、「ことごとく聞き従いなさい」と命令されています。ついにとうとう慰めのとき、救いのときが来ました。神さまがすっかり準備して、その時を来らせてくださったからです。わがままで自分勝手な頑固な心を、臆病で怒りっぽい意地悪な心を、この私たちも捨て去ることができます。神さまが、私たちのためにもそれをしてくださるからです。「時は満ちた。神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信じなさい」(マルコ福音書1:15)。